EL34 シングル パワーアンプ製作記
エレキットの 6BM8 シングルのアンプを作ってみて,どうしても真空管アンプの完全自作をやりたくなりました.じつは 10 年以上前にもそういう個人的なブーム? があって,そのときに EL34 のペアチューブを仕入れてあったりしたまま,なんのかんので時間がたってしまったのですが,キットを作ってまたぞろ再燃してきたわけです.
EL34 は日本名では 6CA7,A1 級シングル三極管接続で 6W くらい,B 級 PP なら 50W 以上の出力が取れる電力増幅管です.もちろん,三極管接続で出力段に使用しました.動作例によると,3 kΩ負荷 の A1 級シングルで 6W くらい取れています.今回の回路も同じ程度の動作条件ですから,出力もそんなものになります.使ったのは 10 年以上前に買った Siemens 管です.電圧増幅段は双三極管 ECC81 (12AT7) ですが,これもやはりその時に買った Siemens 管です.半分で電圧増幅,残り半分をカソードフォロワーにし,初段とカソホロは直結,カソホロと出力段は CR 結合,という回路構成です.
使用した真空管の紙箱
全回路図はこちらです.
この回路は70年代か80年代に日高由人氏が「初歩のラジオ」誌上に発表したものを基本的に用いています.終段とドライバ段が CR 結合になっていますから,出力管を取り替えてみるのも比較的簡単そうです.
出力トランスはタンゴ (平田電機) の U-808 というシングル用のもので,これも1年以上前に買っておいたものです.20W 出力にまで使えるもので,終段のプレート電流も 130mA も流せますから,管を選べば大出力も可能です.ただし,今回の回路では 6W がせいぜいというところでしょうから,U-708 とか U-798 といった,もう少し小出力用のものでもよかったような気もしますが,平田電機が店を閉じたそうなので,結果的にはこれを買っておいてよかったのかもしれません.これを 3.5kΩ負荷で使っています.出力段のバイアスはデータシートの動作例では自己バイアスですが,ここでは固定バイアスです.ただし,バイアス電圧はこの動作例と同じ深さになっています.
電源回路はオリジナルの日高氏のものとちょっと変えました.まずトランスは,フェニックス社に特注で巻いてもらいました.エレキットのアンプにも使われていた R コアというタイプのトランスの専業メーカで,特注でも同程度の市販品とあまり値段が変わりません.
Rコアトランス
宣伝するわけではありませんが,ホームページからでも申し込めるうえ,1週間ほどで宅配されてくるという便利さです.見た目はちょっとアレというか,他のパーツと整合しないのですが (^^;,どのみちあとでボンネットなりをかける必要もありますしね.
今回は B 電源用に 270V 0.35A,バイアス用に 60V 0.1A,ヒータ用に 6.3V 3A を2 回路,という構成で巻いてもらいました.実際の消費電流は出力段が 70mA x 2 にドライバ段が計 20mA というところなので,B 電源は 0.2A もあれば十分なのですが,将来改造するかもしれないので,かなり余裕をみてあります.このトランスには動作テストのデータもついており,非常に好感を持ちました.後になって思えば,ヒータが大食いの他の真空管に挿し替えたりするときのために,ヒータ巻線をもう一回路分くらい付けておくべきでした.Rコアトランスはラッシュ電流が大きいという問題があります.実際,2Aのヒューズがスイッチオンのときに飛ぶことが何回かありました.回路図にはありませんが,現在は22Ω3Wの抵抗を,AC100V側に直列に入れてあり,ヒータ巻線からの電圧でリレーを動かして,スイッチが入ってからこの抵抗をショートするようにしてあります.リレーの接点のチャタリングでスパークが発生しているのが気になります.
オリジナルの日高氏の回路では,B 電源は倍電圧整流後,チョークとコンデンサで平滑化するという,オーソドックスなものです.しかし,チョークは高いうえに,重いので,できればあまり使いたくありません.電源トランスと出力トランスだけは使わないわけにはいかないうえ,これだけでもう相当重い (U-808 一台で 1.8kg ある.チョークもこれとほぼ同じ重さになる) というのも問題です.昔と違って大容量の電解コンデンサも小型で安価になりましたから,チョークは使わないことにしました.
AC 270V はブリッジダイオードで全波整流すると,無負荷で約 380V の直流電圧になります.これを 47μF の電解コンデンサを 3 本並列にして受け,これをさらに 220Ωの抵抗を介して470μFの電解で受けます.どうせ電解コンをパラレルに使うなら多段フィルタにしたほうがリプルの除去効率はいいはずですが,それは実際に音を出してから考えればいいや,ということで,とりあえず単純に並列にしました.また,470μF の電解というと,真空管アンプにしてはかなり大きな値ですが,千石電商でたまたま 470μF 200V の電解コンデンサ (下の写真の茶色のずんぐりした電解コン) を 100 円で見つけたので,これを 4 本使い,直列,並列に使って 470μF 400V 相当にしています.このおかげかチョークなしでも残留ノイズはスピーカに耳を付けてやっとかすかに聞こえるかどうかというレベルでした.抵抗負荷にして手持ちのマルチメータ (最小分解能 1 mV) で測ってみましたが,測れませんでしたので,少なくともハムに関してはその程度,ということになるのでしょう.
チョークを省いて CR フィルタだけにしてしまったので,一応,残留リプルの概算をやってみましょう.シングルアンプは PP に比べて原理的にリプルの影響を受けやすいので,電源がどの程度まできれいになっているかは重要です.動作電流は出力段が 70mA × 2 で,ドライバ段が計 20mA というところなので,計 160mA,47μF を3本並列にしてあるので,141μF を1次フィルタ容量とすると,整流直後で残留リプルは 5.6Vpp 程度になる計算です (Vr = I/(2 C f) ).これを 220Ωの抵抗を介して470μFの電解で受けるとすると,fc = 1.5Hz のπ型フィルタとみなせますから,全波整流のリプルの 100Hz での減衰比は 1/65 (f>>fc なので,G=1/(2πfCR)) くらい,そうするとおおむね 86mVpp くらいまで減衰する計算になります.出力トランスの巻き線比は 1:20 くらいですから,1次巻き線にかかるのが B 電圧の 4 割とすると,SP 端子上で実効値では 1mV 程度の残留ハムが残ることになるはずです.上の測定と,だいたい符合します.
仮に,4個の 470μF の電解コンデンサを単純に直並列にするのではなく,まず 2個を直列にして 235μF として,110Ωの抵抗とで 2段のフィルタにしたとすると,100Hz のリプルは 1段で 1/16.2 倍,2段では 1/263 倍に減衰されますから,B 電圧に残る残留リプルは 21 mVpp 程度,SP 端子での実効値では 0.3mV 程度が見込めます.
実際には残留リプル自体は気にならないレベルなので,とくに多段フィルタにする必要性も感じませんし,レギュレーションの点からは終段のコンデンサは大容量の方が好ましくも思いますので,電源はそれ以上いじっていません.
電解コンデンサには並列に小容量のフィルムコンデンサ (高域特性を少しでもよくするため) と100kΩ程度の抵抗 (電源オフ時の放電を確実にするためと,電解コンデンサを直列にしてあるところでは二つのコンデンサに均等に電圧がかかるようにするため) を入れてあります.
ドライバ段のデカプリングの電解コンデンサは 350V 耐圧のものを用いています.ここは動作時には 340V 程度の電圧がかかっているのですが,電源を入れてから1分ほど,真空管が暖まって電流が十分に流れて各所での電圧降下が設計値になるまでの間は,360V 程度の電圧がかかってしまいます.安全を考えれば 450V 耐圧のものを使うべきでしょう.
整流平滑回路近辺
肝心の増幅回路についてはあまり書くことがありません (^^; わりとオーソドックスな構成ですので.ただし初段とカソホロ段のバイアスは要注意です.回路図の数値でも音は出ますが,実際に作ったところ,高gm管である 12AT7 のばらつきのため,全然バイアス電圧が足りませんでした.バイアスは初段が1.6〜1.8V 程度,カソホロ段は 3〜4V 程度必要ですが,1.4V と 2.2V 程度でした.そのため,クリップが異常に早くおこります.我が家ではそもそも大きな音を出せないのでクリップを音として実感することはできないのですが,抵抗負荷での信号波形を見ると,かなり早い段階でクリップが発生していました.初段のバイアスはカソード抵抗で調整するのですが,あまりカソード抵抗を大きくすると初段のプレート電圧が上がりすぎ,カソホロ段のグリッド電位が高くなるため,カソホロ段のカソード抵抗を異常に大きくしないとバイアスが確保できなくなることがあります.その場合は初段のプレート抵抗も調整する必要があります.実際には,片チャンネルはプレート抵抗を110kΩに増やし,初段カソード抵抗も1kΩ,カソホロ段のカソード抵抗100kΩで,適正バイアスになりました.もう片チャンネルは初段のカソード抵抗は850Ω,カソホロは75kΩ (初段プレート抵抗は100kΩ) でバランスしました.パソコンでトーン信号を作ってアンプに加え,それをサウンドカードのライン入力に入れて,オシロソフトかサウンドエディタで観察すると,オシロやオシレータがなくてもクリップ状況のチェックくらいはできます.このアンプの感度は低いので,ライン出力のトーン信号ではフル出力までは振れませんが,調整前はかなり低い出力でも信号がクリップしているのがわかりました.フル出力状態までは見ていませんが,バイアス調整後のSP端子出力で,約12Vpp (8Ω負荷に対する実効値で2.3W相当) まではクリップしていません.これ以上はサウンドカードの出力レベル自体が足りないので,プリアンプをはさむ必要があり,今後要チェックです.
真空管アンプを高密度に作る自信がなかったので (真空管アンプの完全自作は初めてですから) シャーシはサイズ的に多少はゆとりがほしいところです.鈴蘭堂で品定めをした結果,KS シリーズという縦長でフロントが斜めになっているもののなかから,幅 25cm,奥行き43cm,高さ 6cm のものを選びました.
シャーシ.穴あけ後,軽いパーツを取りつけたところ.
穴はすべて丸穴になるように部品を選び,ボール盤とリーマであけていきました.真空管ソケットの穴はシャーシパンチです.ただ一ヶ所,電源トランスの2次側の線を引き込む穴だけは通す線が多いので,ドリルであけた穴をつないで,細長い穴にしてあります.
配線はトランスを止めるネジを使ってラグ板を固定し,そのラグ端子と,シャーシ中央部を貫くように張ったアース母線 (0.8φのスズメッキ線を 2 本重ねて張り,半田で固めた) との間に部品を配置していくのですが,ラグ端子が足りずに部品の足を伸ばし,そこにさらに別の部品を繋ぐ,という空中配線もところどころあります.そういうところも強度的には心配のないようにしてあるつもりではあるのですが (^^; できればそういうのはない方が精神的にも安心ですよね.また真空管ソケットの向きですが,何も考えずにネジが一列に並ぶように配置してしまいましたが,実際にタマを挿した時,ロゴが前の方を向くようにしておく (タマによってプリントされている位置は違うとは思いますが) とか,ネジ同士がもっと離れるようにすればよかったと反省しています.
全体の配線
アースは入力ターミナルのところ (実装するとグラウンドがシャーシに落ちるタイプを使ったので) と,上の写真だとアース母線の右端のところでシャーシに落しています.ヒータ配線はトランスの近くで一度線を切ってアースに落して,そこからヒータに行くようになっています.つまり,トランスの近くで片側をアースに落しているわけです.一点アースか多点アースかより,アースを流れる信号が変なループにならない,ということを考えるべきで,これでとくに問題はありません.
入力のグリッド周りの配線には,ちょっとトラブルがありました.最初はグリッドとアースの間に 1 MΩの抵抗を入れて,それをターミナル代わりに両端にボリュームからのシールド線を繋いでいたのですが (OPアンプとかを使う時の癖ですね),それだと入力に高インピーダンスのループができてしまうようで,そこがハムを拾ってしまうのです.そこで 1 MΩの抵抗をはずし,ボリュームから直接シールド線をグリッドに繋ぐようにしたところ,ぴたりとハムが止まりました.配線の仕方とかもあるのでしょうけど.配線にかかった時間は,電源周りで 1 日,真空管周りで 1 日弱,普段の IC とかトランジスタとかで何か作る時に比べて,回路の割りには時間がかかりました.使った部品は特に高級なものはありません.抵抗は金属皮膜,カーボン,セメント,酸化金属皮膜などを適当に使い分けていますが,信号部は東京光音電波の1Wクラスのカーボン抵抗を多用しました.パワー段と前段のカプリングコンデンサは,最初は 0.047μF のふつうのフィルムコンデンサだったのですが,その後,0.22μF の ERO のフィルムコンデンサに替えました.音の見通しがよくなりました.
真空管周りの配線
さて,下は一通り組み上がって,真空管を挿した状態の全体写真と真空管のアップです.

後側から見たところ.

試聴中です.

で,ヒアリングですが.
なんというのか,インパクトのある音ではありません (笑).変にソフト,マイルドというわけでもないし,刺々しいわけでもありません.もちろん聴き疲れのする音ではありません.変な言い方ですが,当たり障りがないというか.ものすごく魅力的な音,というわけでもないとは思いますが,ジャズでもクラシックでもそれなりにまとめて聴かせる感じです.ただ,自分で作ったもの,というのは,なかなか客観的には判断できないので,その辺はなんとも言いがたい部分ではありますが.当分メインのシステムに組み込むつもりです.でも,真空管がオレンジに光っているのが見えると,ああ,一生懸命音を出してるんだなぁ,という感じで,なんか一人でにやけてしまいます (^^;
というわけで,やっと一台真空管アンプを作りました.実は電源トランスを注文したのは去年の春ごろです.丸々 1 年以上トランスは寝かしてあったわけですね.そして真空管にいたっては,前述のように 10 年以上 (^^; やっと永年の宿題を果たした気分でもあります.
あとやらなければならないのは,やけど防止と真空管保護のために,全体にボンネットというかカバーをかけることでしょう.真空管が見えなくてはもったいないし,どうしたものか,ただいま思案中です.
このアンプは電源部には余裕がありますし,出力トランスの 1 次インピーダンスも変えられるので,出力管をいろいろ換えることができそうです.ドライバ段との接続が CR 結合なので,出力段のバイアスだけ考えればよく,このままでも KT-66 なんかは挿し替えられそうです.いろいろと遊べそうなアンプです.
2002.01.14追記
パンチングメタルとスモークアクリルでカバーを作りました.


アクリル越しに真空管が灯っているのも見えますし, 細部のできはもうひとつですが,
まあまあいい感じに仕上ったと思います. やはり真空管が見えないとね.
2002.03.13追記
実用的には上記の状態でも問題はなかったのですが,残留ハムがないわけではないので,現在はパワー MOSFET を使ったリプルフィルタを追加してあります.その結果,残留ハムは深夜にスピーカに耳をつけても確認できないレベルになりました.トランスの唸りの方がはるかに大きいレベルです.この回路は簡単で安価な割りには効果は絶大ですから,かなりお薦めできます.MOSFET は構造的にバイポーラトランジスタより高耐圧なものが簡単に作れるため,価格も安く(今回使ったものは,実売400円),もっと多用されていいように思います.回路自体はこれだけです.FET は高耐圧,大容量 (VDSS = 900V,PD = 85W) の絶縁モールドタイプのものを使ったので,単にシャシにネジ止めしただけですが,放熱も問題ないようです.
Originally written: 2000.09.17
Revised: 2000.10.30
Revised: 2002.01.14
Revised: 2002.03.13
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